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お気楽なポタポタ

楽しいと思えることはシアワセ。写真と共にお届けします。

タージ・マハルへの道12 手前編3

建物2
Nikon1 V1 VR10-30mm アグラinインド

さぁ~、目の前まで来ましたよ。
ムガール建築の集大成であるこのタージ・マハル
確か八角形でどの角度から見ても同じに見える。
4角に4本のミナレット(42m)があり、安定感を持たせたそうな・・・

ここに入るにはルールがあります。
まず1つは、向かって左側から外国人達の入り口があり
右側がインド人達の入り口になります。
ここでも入り口は別けられているんですね


建物1

左側の入り口の向こうに赤砂岩で出来た建物が見えます。
モスクでございます。
反対側の右側にも全く同じ建物があります。
右側は迎賓館になっているそうです。
ここでも左右対象にしています。

さ、あの柵の中に入って行きます。


建物3
これだけXZ-1

ルールその2。
チケットには靴カバーが付いており、中に入ったらカバーします。
黒のガムテで補修した私の壊れた靴もすっかりカバーされております。
このままでずっと歩きたかったぜ、マジで


建物4

まだ上に登っていない下の壁です。
この窪みは何でしょうね?
ここからガイドが無いので想像ですけどタイルが入っていた・・・
ら、きっと素敵だったろうなぁ~。

何とな~く補修した跡がありますよね。
何か入っていたと思いたいなぁ~


建物5

階段を登り入り口前まで来ました。
イーワーンの周囲にあったアラビア語カリグラフィー。
厳粛なる’スルス書体’で書かれているのはモスクと同じであります。

右から読むので右から始まっています。
私が分かるのは最初はクルアーン(コーラン)の冒頭にある
バスマラと言って

「慈悲あまねく慈悲深きアッラーの御名において」

という決まり文句から始まっているということ。
どの章なのかは全く分かりません
何だか音譜のようですね~。


建物6

上部にはこのように象嵌が施されております。
アグラ城の大理石大好き男シャー・ジャハーンの寝殿にもありましたよね。
ま、ここもシャー・ジャハーンが造らせたのだから納得です。

この窪みの所にうっすらギザギザの模様がありますよね。
これ見て’やっぱムカルナスにしていたんだ!’と大発見!

ムカルナスは、アーチ状の入り口の所に鍾乳石紋と呼ばれる
凹凸を造って飾ったものです。
イラン起源の建築技法の1つです。
キッチリとイスラム建築がここでも見られるのでありました


建物7

さぁ~、いよいよ中に入ります。

しかーし、中は撮影禁止(お墓の部屋だけ)
残念ですが仕方ありません。

中は意外と狭く電灯類も一切無く、窓からの光だけです。
暗い中、立ち止まるとピーピー警備が鳴らすし
カメラ撮る不届き者が居るとピーピー鳴らしてうるさいっ
落ち着いて見るなんて無理でしたよぅ。
暗い為か地味な感じの八角形の部屋でした。
でも、象嵌が施された壁になっていて本当は美しいのだと思いました。

でもね、お墓とされるのはモニュメントで
妻ムムターズは地下に眠っているのだそうです。
そして、シャー・ジャハーンも一緒に眠っているそうなのですよ。

どういうお墓のカタチなのかは
実はここはある建物をモデルにして造ったと言われています。
ニューデリーで見て来たので、後日そちらで詳しく説明しますよ~


次回は、撮影OKの中の様子など
もっと詳しくディープなタージ・マハルをご紹介します



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タージ・マハルへの道11 突入編2

遭遇1
Nikon1 V1 VR10-30mm アグラinインド

さぁ~イーワーンの中に入って参りました。
この先には、あのタージ・マハルが待っているハズ・・・

もう笑みがこぼれておりますね。
朝からの濃霧の中、もうその雄姿は無理かもしれないと思った私達
アグラ城から見た時、霧の中にあったタージ・マハル。

もうすぐそこに・・・・・・・


遭遇2


遭遇3

感動・感激・感涙でございました。   

うっすらガスった中、それでもなんとか姿を見せてくれたのです。
興奮沸騰状態ですよ。

それにしても、もの凄い人が訪れております。
流石は世界遺産!!

’大理石大好き男’シャー・ジャハーンが造った
美しいこの総大理石のタージ・マハル。。。。


遭遇4

ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーン(1628~58年在位):
王妃ムムターズ・マハルを限り無く愛し、14人目の子供を産んで
1631年36歳の若さでこの王妃は亡くなってしまった。
皇帝は世界各国から最高の職人2万人を集め、22年費やしイスラム様式の
白亜の大理石霊廟を建てたのだった。
1653年完成とされる。

ヤムナー河の対岸に自分の墓を黒大理石で造る計画は息子アウラングゼーブ
によってアグラ城に幽閉され、叶わぬ夢となった・・・


遭遇5
VR30-110mm

入り口はイーワーンになっていますね。
イーワーンとは?は前記事読んでね~。

完璧なるシンメトリーで出来ていて、どこから見ても
同じカタチに見えるんですよ

それはこれからじっくり書いて行こうと思います。


とにかく、本当に全景が見られて良かったです。
はるばるやって来ただけのことはありました~

超興奮状態が続いていて、あまり良い写真無いかもしれないけど
これからはあまりガイドブックにも載っていない?
私が見たタージ・マハルを載せていきますよぉ~


美しい~!最高!!



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タージ・マハルへの道10 入り口編1

入口1
Nikon1 V1 VR10-30mm アグラinインド

2013年1月2日、旅の目的である世界遺産タージ・マハルへ!
さぁ、いよいよ本丸突入でございます。

ランチのカレーなどFood系は後でまとめて書きますね
食べ終えてお店を出たら、あれれ?霧が少し薄く晴れてないか???
寒さと空腹で午前中は気が張っておりましたが
食べたらちょっと落ち着きを取り戻したかの私達日本人ご一行様。
さっ、気合いを入れ直し期待を膨らませ車を降りたのだった

駐車場から降りて歩きます。
ここからはエコモードになっているようでした。
リキシャもいたけど全部電気モーターで走っていた。
音が静かなので引かれないように気を付けないとイケません!
環境にここだけは気を使っているようでしたよ

↑やっと何だか外国に来た気分にさせてくれるラクダ車
この獣の’にほい’がまた気分を盛り上げる。


入口3
XZ-1

左側を見やると、あーやっといたいたっ!
ウシでござる。

あのウシは手前の少年とは関係無く野ウシでございます
車の中からも道路脇を悠々と歩く牛を何度か見かけました。
しかし、ゴミ捨て場にたむろしている風景にはちょっとショックでした
インドではゴミ漁るのは犬猫ではなくだったのです。。



入口4

チケットはガイド君が購入します。
ここも入るのには厳しいチェックがあります
持ちこめるのは、携帯電話・カメラ・貴重品だけです。
確かビデオカメラはダメだったような・・・(別料金だったかも・・)
後は全部車に置いて行かなければなりません。

そして驚いたのには、ここは一人分の幅の柵があり
ここに並ぶのです。
男女別れており、後で気付いたのですが
外国人とインド人とも別れていたようでした。
ここが一番チェックが厳しかったです

しっかりとボディチェックが行われます。
女性には周りから見えない囲いがされていました。

無事に通り抜けると、さぁ~いよいよなのであります!



入口2
Nikon1

その前に、まずは入り口の門が見えて来ます。

ご存知赤砂岩で造られた正門でございます。
まだ微かにガスっています。

もう皆気持ちが抑えられなくなって来ます
興奮がここから始まるのですよ。
濃霧と寒さを堪えた私達日本人5人。
全員わざわざこのタージ・マハルを見る為にインドにやって来たのですっ。
見ずして帰れるかってのっ


入口5

正面にやって来ました。
立派な’イーワーン’でございます。

イーワーンとは:
建築要素の1つで、中央にアーチ型の大きな開口部を設け
建物の他の部分と区別するためにその周囲を四角く枠取りしたもの。
建物の正面に置かれ人を導き入れる玄関としての役割を果たす。
(「モスクが語るイスラム史」羽田正著 中公新書から抜粋)

こういう建築はウズベキスタンで多く見ました。
イランにも多く使われますね。

周りには模様と共にクルアーンの一節がギッシリ書かれております。

さぁ~、今度こそ いよいよでございます。
果たして我々はタージ・マハルの雄姿を拝むことは出来るのかっ!!


次回に続く・・・


引っ張るねぇ~



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アグラへの道9 アグラ城・大理石編3

大理石1
Nikon1 V1VR10-30mm アグラ城inインド

2013年1月2日のアグラ城の続き。
ここからがアグラという土地の特徴が出て来るのです。

赤砂岩で出来た建物を抜けると一辺し’白の世界’に入る。
大理石宮殿というのかしら?

↑第5代皇帝シャー・ジャハーンの寝殿(ハース・マハル)。
手前の窪みは噴水だったのでしょう。
ゴージャスな寝殿よ


大理石3

中はこのように大理石に宝石を象嵌し美しく飾られている。
あの小さな窪みには自分の好みの物が置かれていたのでしょうね~。
画面下の床にも窪みが見えますが、
恐らくここにも水が張られていたと・・・


アグラは実は大理石が採れる地域だったのです。
今でもここから大理石を輸出しているそうです。
街自体は村みたいなものらしいです。
この大理石とアグラ城、タージ・マハルで有名になり
インフラが最近らしいけど整ってきた そうです。


大理石2

柱の上を見ると、このような大理石に宝石で象嵌され
花のあのオレンジの色がまたインドで採れる宝石だそうです

この後、大理石工場見学したのですが
そこではこの象嵌されたテーブルが沢山置かれていた。
本物の大理石は物をこぼしても色は変わらないし
削ってもつるつるして削られないが
ニセモノは色が変わるし、あっという間に削れてしまう・・・と。
実演して見せてくれてました。

テーブルは皆丸くて大きさも大小様々。
とても美しい絵柄でどれも象嵌が素晴らしいんだけど
丸よ?ちゃぶ台にするにはゴージャス過ぎるしねぇ~


大理石8
これだけXZ-1

柱の下はこのようになっていて
カーネーションとガイドは言っていたけど
この彫刻、覚えていて下さいね~
あ・ち・らにもお目見えするから・・・

どうやら第5代皇帝シャー・ジャハーンは大理石大好き男だったらしく
亡くなった妻の為に造ったあの’タージ・マハル’も大理石で造られている。
しかし、皮肉な事に息子によってアグラ城に幽閉され
シャー・ジャハーンは毎日ここからタージ・マハルを眺めて人生を終えた。。。


大理石4

ここからタージ・マハルが見えるらしいんだけど・・・
え~っ!!どこよぉ~

マジでこんな霧の状態で果たしてこの旅の目的である
タージ・マハルは見る事は出来るのでしょうか?????
皆の心にはどこか諦めムードが・・・トホホ



大理石5

シャー・ジャハーンの寝殿前に広がっているこの広場。
先代はこの芝生だったところに水を張り’釣り’を楽しんだそうです。
で、彼は釣りしないから埋めて広場にし
ここで宮殿に住む女性達の為だけの’バザール’があったそうで・・・
向こうの2階建の部屋は彼女達の為だけの化粧品とかのお店が
入っていたそうで・・・

閉じ込められた生活だけど買い物好きの女心をご存知だったようで・・・
その様子をここから彼は眺めていたんだろうねぇ~。
は~~~ん、なんて思ったのだった

もっと色んな施設があるんだけど
飽きちゃうだろうからここら辺で止めておきます。


見終えたところでランチのカレーとなりました
さて、お次はいよいよ・・・か な?????



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アグラへの道8 アグラ城その2

城2
Nikon1 V1 VR10-30mm アグラinインド

ジャハンギール宮殿の続き。
アクバル帝が息子のために造ったといわれる そうです。

↑赤砂岩と白いのが大理石なのですね。

そもそも何故イスラム様式があるのかという疑問が私の頭の中で
ずっとぼんやりしていたのですが・・・

アクバル大帝(1542~1605年):
ムガル帝国3代目皇帝。
初代バーブル皇帝(祖父)は中央アジア出身でティムールの血を引く。
ティムール帝国(1370~1507)は現イラク~ウズベク辺りまで。
バーブル帝がイスラム教徒だったと思われます、私見だけど。。
で、イスラームが入って来た と(多分)。
16世紀西は現イラン中心のサファヴィー朝とオスマン帝国。

イスラム国が隣り合わせだったんですね。
因みにヒンドゥーとジャイナ教はインド土着の宗教だった訳です


城1

ここは確か母や妻だったかな?が暮らしていた建物。
一瞬’木で出来ている?’と思ったほどの柱の飾り。

: その南北のホールは木造的な柱・梁構造からなり、
腕木には木彫的なレリーフ彫刻がほどこされ、
軒持ち送りの上には石の板庇 (いたびさし) が突き出るのである。

ネットからコピーさせてもらいました。
モロッコに行った時に見た宮殿を思い出しましたよ。
モロッコは木で造られていましたけどね、こういう柱は。


城3

木と見紛うほどの細工が素晴らしい


城4

外に出て振り返るとこんな建物に
広場中央の窪みはあそこに水を貯めて噴水にしたとか

水を利用するところはイスラム建築らしい。
建物の出入り口のカタチを見るとイーワーンになっており
ペルシャ様式になっています。
白くくぼんだ出入り口の所、分かるかな?


アクバル大帝はヒンドゥ・ジャイナの伝統的な建築と
イスラーム建築を融合し「アクバル式」とも言える
インド独特のイスラーム建築を生みだした・・・そうです


城5

窓から外界を覗いていると・・・

あぁ~ぼんやりと霧の中・・・
全てが幻なのか。。。。。
お妃さま達はここから何を見ていたのかしら・・・


インドの歴史って何だかよく理解出来ていないのですが
古代北の方はインダス文明に始まりバラモン教が出来て
ブッダが生まれガンダーラ美術が発展しヒンドゥー教が発展して
仏教は衰退していきイスラームが入ってきた・・って感じ?
複雑で頭の中が整理出来ていないんですけどぉ。。


まだアグラ城が続きます。
ここからがこの城の凄い所なのですよ~



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