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お気楽なポタポタ

楽しいと思えることはシアワセ。写真と共にお届けします。

言葉にならない 2

名取3
NikonD90 AF-S18-135mm 宮城県名取市

この家のすぐ後ろは堤防でした。
堤防乗り越え、津波はここ一帯をのみ込んだのだ。
この家の方達は無事だったのだろうか。
地震では耐えたのに・・・


名取9

名取川河口の堤防。

83歳の伯母の話だと「私が3歳だった頃の時も津波は来なかった」
とは、どの地震だか分かりませんが
どんなに大きな地震が起こっても
「こっちには来なかったから、誰も来るなんて思わなかった」
そうです。

だから、町に戻った人々は流されたのだと・・・
もうどにもならなかった、という気持ちが大きいようだ。
写っている家々は全部空き家です。
この堤防を難なく乗り越えた津波だったのだ!


名取11

向こうに見えるのが仙台東部道路で、
仙台空港にもこの道路で行ける。
少し海沿いに走っている道路ですが
従姉の話だと、これは堤防の意味合いもある道路だそうで
ここで津波がせき止められたらしい。

もしこれが無かったら仙台市にまで来ていたかも・・・
だそうです。

仙台空港の方はまだ酷いらしく
アウトレット・モールがあるのですが
「漂う臭いが凄い」と従姉の娘が言っていた。
空気はまーだまだ浄化されていない様子でした。


名取10

ここら辺は平地で高台なんて無い。
向こうに見える閖上中学校。
ここに逃げるしか無かったようです。
避難所にもなっていたそうですが、人影は見えませんでした。

手前の「がんばろう!東北」の幟がある場所には
唯一コンビニが出来ていました。


名取12

もう一人の従姉の話だと
多賀城に住んでいる友人は仙台から歩いて戻ったそうですが(震災当日)
津波で流さて来た死体の間を目を覆いながら歩いた そうです。
どんなに恐ろしかったことか・・・

さながら戦場の話を聞いているような気がしました。

仙台の人達は、この震災に対して具合が悪くなるそうで
伯母は何も見られない、と言っていました。

もっと色ん話を聞いてきましたが
東北の人は本当に忍耐強いなぁ~と思った。
仙台市内は一見普通に見えます。
繁華街は賑やかで人も多い。

でも、その奥の見えない所では
耐え難い想いを抱えているのだと・・・

行って良かったと思う。
現実を目にすることは大事。
貴重な話も聞けて、報道では伝わって来ないものを
受け止めることも大事だと。


夜中にちょっと大きめな地震が来て
ホテルがミシミシいって怖かったけど
でもそれが日常茶飯事で気がおかしくなりそうと従姉が言っていた。

こちらにも数枚アップしました→いいじゃん、ポタポタで


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