お気楽なポタポタ

楽しいと思えることはシアワセ。写真と共にお届けします。

タージ・マハルへの道13 外壁編4  

中1
OLYMPUS XZ-1 アグラinインド

タージ・マハルの中、ムムターズのお墓の部屋は撮影禁止。
暗いその部屋を出たらOKだったようなのでさっそく撮影開始

皆さんの目が明るい所に出たからか
目の前に見えたレリーフに集まっておりました。
ここも窓からの光のみなので
暗くなったらお終いだと思います。


中2

少年がレリーフを見入っています

カーネーションだと思うのですがこのレリーフが沢山ありました。
お墓部屋を出るといくつか小さな部屋を通って外に出ます。


中3
Nikon1 V1 VR10-30mm(以下も)

裏に出ます。
目の前にはヤムナ河が流れておりますがぁ
霧で向こうが相変わらず見えない

本当はあの対岸に黒大理石でシャー・ジャハーン自身のお墓を造る
ハズだったのにねぇ~・・・


中5

さ、外壁を見て行きましょう。

このように横の出入り口も正面と同じデザインになっておりました。
下には中でも見た花のレリーフで飾られています。

もちろん、アラビア語カリグラフィーもぐるっと飾っておりますね


中4

このようなアラベスク模様の象嵌も見られました。
よーく見ると修復されている跡が分かりますね。

1980年代から白大理石の劣化が問題になってきているようです。
自然現象・大気汚染など要素は色々で効果的な対策は
考え出されていないらしい・・

日々100人以上が清掃や修復に従事しているらしく
修復は手作業で行われているとネットで見ました。

確かにこの空気はマズイでしょう。
明かに大気汚染だもん、そりゃ石だって耐えられないでしょう


中6

夕暮れ時だときっと凄くロマンティックになるんだろうなぁ~。
2時頃でしたけど、もう光がこんな色・・・

300年以上もここで光を受けて来ている。


中7

ここから入り口門を見る。
こんなにガスっている・・・良い訳ないよ

真ん中の水が張っている周囲の芝生の所に
星のようなアラベスク模様がありますが、実はこれも確かめたかった1つです
細かいんですよ、見たい所が!


外国人より圧倒的にインド人の方が多かったです
次の日、ニューデリー観光しましたがやはりインド人の方が多かった。
意外と外国の人達ってこっちに来ないのかなぁ?


次回は野鳥なども入れたいと思っています。
まだタージ・マハルは続くのだ


ところで・・・・
パシフィコ横浜で行われているカメラの祭典CP+に行って来ました。
Nikon1の良さがやっと分かりました。
他社のミラーレスとはコンセプトが全く違うというのも分かった。
これで楽しみ方を得たので、これから勉強したいと思います。
一時の女子カメ傾向はもう見る陰も薄く、良かったと思います



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タージ・マハルへの道12 手前編3  

建物2
Nikon1 V1 VR10-30mm アグラinインド

さぁ~、目の前まで来ましたよ。
ムガール建築の集大成であるこのタージ・マハル
確か八角形でどの角度から見ても同じに見える。
4角に4本のミナレット(42m)があり、安定感を持たせたそうな・・・

ここに入るにはルールがあります。
まず1つは、向かって左側から外国人達の入り口があり
右側がインド人達の入り口になります。
ここでも入り口は別けられているんですね


建物1

左側の入り口の向こうに赤砂岩で出来た建物が見えます。
モスクでございます。
反対側の右側にも全く同じ建物があります。
右側は迎賓館になっているそうです。
ここでも左右対象にしています。

さ、あの柵の中に入って行きます。


建物3
これだけXZ-1

ルールその2。
チケットには靴カバーが付いており、中に入ったらカバーします。
黒のガムテで補修した私の壊れた靴もすっかりカバーされております。
このままでずっと歩きたかったぜ、マジで


建物4

まだ上に登っていない下の壁です。
この窪みは何でしょうね?
ここからガイドが無いので想像ですけどタイルが入っていた・・・
ら、きっと素敵だったろうなぁ~。

何とな~く補修した跡がありますよね。
何か入っていたと思いたいなぁ~


建物5

階段を登り入り口前まで来ました。
イーワーンの周囲にあったアラビア語カリグラフィー。
厳粛なる’スルス書体’で書かれているのはモスクと同じであります。

右から読むので右から始まっています。
私が分かるのは最初はクルアーン(コーラン)の冒頭にある
バスマラと言って

「慈悲あまねく慈悲深きアッラーの御名において」

という決まり文句から始まっているということ。
どの章なのかは全く分かりません
何だか音譜のようですね~。


建物6

上部にはこのように象嵌が施されております。
アグラ城の大理石大好き男シャー・ジャハーンの寝殿にもありましたよね。
ま、ここもシャー・ジャハーンが造らせたのだから納得です。

この窪みの所にうっすらギザギザの模様がありますよね。
これ見て’やっぱムカルナスにしていたんだ!’と大発見!

ムカルナスは、アーチ状の入り口の所に鍾乳石紋と呼ばれる
凹凸を造って飾ったものです。
イラン起源の建築技法の1つです。
キッチリとイスラム建築がここでも見られるのでありました


建物7

さぁ~、いよいよ中に入ります。

しかーし、中は撮影禁止(お墓の部屋だけ)
残念ですが仕方ありません。

中は意外と狭く電灯類も一切無く、窓からの光だけです。
暗い中、立ち止まるとピーピー警備が鳴らすし
カメラ撮る不届き者が居るとピーピー鳴らしてうるさいっ
落ち着いて見るなんて無理でしたよぅ。
暗い為か地味な感じの八角形の部屋でした。
でも、象嵌が施された壁になっていて本当は美しいのだと思いました。

でもね、お墓とされるのはモニュメントで
妻ムムターズは地下に眠っているのだそうです。
そして、シャー・ジャハーンも一緒に眠っているそうなのですよ。

どういうお墓のカタチなのかは
実はここはある建物をモデルにして造ったと言われています。
ニューデリーで見て来たので、後日そちらで詳しく説明しますよ~


次回は、撮影OKの中の様子など
もっと詳しくディープなタージ・マハルをご紹介します



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タージ・マハルへの道11 突入編2  

遭遇1
Nikon1 V1 VR10-30mm アグラinインド

さぁ~イーワーンの中に入って参りました。
この先には、あのタージ・マハルが待っているハズ・・・

もう笑みがこぼれておりますね。
朝からの濃霧の中、もうその雄姿は無理かもしれないと思った私達
アグラ城から見た時、霧の中にあったタージ・マハル。

もうすぐそこに・・・・・・・


遭遇2


遭遇3

感動・感激・感涙でございました。   

うっすらガスった中、それでもなんとか姿を見せてくれたのです。
興奮沸騰状態ですよ。

それにしても、もの凄い人が訪れております。
流石は世界遺産!!

’大理石大好き男’シャー・ジャハーンが造った
美しいこの総大理石のタージ・マハル。。。。


遭遇4

ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーン(1628~58年在位):
王妃ムムターズ・マハルを限り無く愛し、14人目の子供を産んで
1631年36歳の若さでこの王妃は亡くなってしまった。
皇帝は世界各国から最高の職人2万人を集め、22年費やしイスラム様式の
白亜の大理石霊廟を建てたのだった。
1653年完成とされる。

ヤムナー河の対岸に自分の墓を黒大理石で造る計画は息子アウラングゼーブ
によってアグラ城に幽閉され、叶わぬ夢となった・・・


遭遇5
VR30-110mm

入り口はイーワーンになっていますね。
イーワーンとは?は前記事読んでね~。

完璧なるシンメトリーで出来ていて、どこから見ても
同じカタチに見えるんですよ

それはこれからじっくり書いて行こうと思います。


とにかく、本当に全景が見られて良かったです。
はるばるやって来ただけのことはありました~

超興奮状態が続いていて、あまり良い写真無いかもしれないけど
これからはあまりガイドブックにも載っていない?
私が見たタージ・マハルを載せていきますよぉ~


美しい~!最高!!



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タージ・マハルへの道10 入り口編1  

入口1
Nikon1 V1 VR10-30mm アグラinインド

2013年1月2日、旅の目的である世界遺産タージ・マハルへ!
さぁ、いよいよ本丸突入でございます。

ランチのカレーなどFood系は後でまとめて書きますね
食べ終えてお店を出たら、あれれ?霧が少し薄く晴れてないか???
寒さと空腹で午前中は気が張っておりましたが
食べたらちょっと落ち着きを取り戻したかの私達日本人ご一行様。
さっ、気合いを入れ直し期待を膨らませ車を降りたのだった

駐車場から降りて歩きます。
ここからはエコモードになっているようでした。
リキシャもいたけど全部電気モーターで走っていた。
音が静かなので引かれないように気を付けないとイケません!
環境にここだけは気を使っているようでしたよ

↑やっと何だか外国に来た気分にさせてくれるラクダ車
この獣の’にほい’がまた気分を盛り上げる。


入口3
XZ-1

左側を見やると、あーやっといたいたっ!
ウシでござる。

あのウシは手前の少年とは関係無く野ウシでございます
車の中からも道路脇を悠々と歩く牛を何度か見かけました。
しかし、ゴミ捨て場にたむろしている風景にはちょっとショックでした
インドではゴミ漁るのは犬猫ではなくだったのです。。



入口4

チケットはガイド君が購入します。
ここも入るのには厳しいチェックがあります
持ちこめるのは、携帯電話・カメラ・貴重品だけです。
確かビデオカメラはダメだったような・・・(別料金だったかも・・)
後は全部車に置いて行かなければなりません。

そして驚いたのには、ここは一人分の幅の柵があり
ここに並ぶのです。
男女別れており、後で気付いたのですが
外国人とインド人とも別れていたようでした。
ここが一番チェックが厳しかったです

しっかりとボディチェックが行われます。
女性には周りから見えない囲いがされていました。

無事に通り抜けると、さぁ~いよいよなのであります!



入口2
Nikon1

その前に、まずは入り口の門が見えて来ます。

ご存知赤砂岩で造られた正門でございます。
まだ微かにガスっています。

もう皆気持ちが抑えられなくなって来ます
興奮がここから始まるのですよ。
濃霧と寒さを堪えた私達日本人5人。
全員わざわざこのタージ・マハルを見る為にインドにやって来たのですっ。
見ずして帰れるかってのっ


入口5

正面にやって来ました。
立派な’イーワーン’でございます。

イーワーンとは:
建築要素の1つで、中央にアーチ型の大きな開口部を設け
建物の他の部分と区別するためにその周囲を四角く枠取りしたもの。
建物の正面に置かれ人を導き入れる玄関としての役割を果たす。
(「モスクが語るイスラム史」羽田正著 中公新書から抜粋)

こういう建築はウズベキスタンで多く見ました。
イランにも多く使われますね。

周りには模様と共にクルアーンの一節がギッシリ書かれております。

さぁ~、今度こそ いよいよでございます。
果たして我々はタージ・マハルの雄姿を拝むことは出来るのかっ!!


次回に続く・・・


引っ張るねぇ~



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アグラへの道9 アグラ城・大理石編3  

大理石1
Nikon1 V1VR10-30mm アグラ城inインド

2013年1月2日のアグラ城の続き。
ここからがアグラという土地の特徴が出て来るのです。

赤砂岩で出来た建物を抜けると一辺し’白の世界’に入る。
大理石宮殿というのかしら?

↑第5代皇帝シャー・ジャハーンの寝殿(ハース・マハル)。
手前の窪みは噴水だったのでしょう。
ゴージャスな寝殿よ


大理石3

中はこのように大理石に宝石を象嵌し美しく飾られている。
あの小さな窪みには自分の好みの物が置かれていたのでしょうね~。
画面下の床にも窪みが見えますが、
恐らくここにも水が張られていたと・・・


アグラは実は大理石が採れる地域だったのです。
今でもここから大理石を輸出しているそうです。
街自体は村みたいなものらしいです。
この大理石とアグラ城、タージ・マハルで有名になり
インフラが最近らしいけど整ってきた そうです。


大理石2

柱の上を見ると、このような大理石に宝石で象嵌され
花のあのオレンジの色がまたインドで採れる宝石だそうです

この後、大理石工場見学したのですが
そこではこの象嵌されたテーブルが沢山置かれていた。
本物の大理石は物をこぼしても色は変わらないし
削ってもつるつるして削られないが
ニセモノは色が変わるし、あっという間に削れてしまう・・・と。
実演して見せてくれてました。

テーブルは皆丸くて大きさも大小様々。
とても美しい絵柄でどれも象嵌が素晴らしいんだけど
丸よ?ちゃぶ台にするにはゴージャス過ぎるしねぇ~


大理石8
これだけXZ-1

柱の下はこのようになっていて
カーネーションとガイドは言っていたけど
この彫刻、覚えていて下さいね~
あ・ち・らにもお目見えするから・・・

どうやら第5代皇帝シャー・ジャハーンは大理石大好き男だったらしく
亡くなった妻の為に造ったあの’タージ・マハル’も大理石で造られている。
しかし、皮肉な事に息子によってアグラ城に幽閉され
シャー・ジャハーンは毎日ここからタージ・マハルを眺めて人生を終えた。。。


大理石4

ここからタージ・マハルが見えるらしいんだけど・・・
え~っ!!どこよぉ~

マジでこんな霧の状態で果たしてこの旅の目的である
タージ・マハルは見る事は出来るのでしょうか?????
皆の心にはどこか諦めムードが・・・トホホ



大理石5

シャー・ジャハーンの寝殿前に広がっているこの広場。
先代はこの芝生だったところに水を張り’釣り’を楽しんだそうです。
で、彼は釣りしないから埋めて広場にし
ここで宮殿に住む女性達の為だけの’バザール’があったそうで・・・
向こうの2階建の部屋は彼女達の為だけの化粧品とかのお店が
入っていたそうで・・・

閉じ込められた生活だけど買い物好きの女心をご存知だったようで・・・
その様子をここから彼は眺めていたんだろうねぇ~。
は~~~ん、なんて思ったのだった

もっと色んな施設があるんだけど
飽きちゃうだろうからここら辺で止めておきます。


見終えたところでランチのカレーとなりました
さて、お次はいよいよ・・・か な?????



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吾妻山と菜の花  

吾妻山5
Nikon1 V1 VR30-110mm 吾妻山in二宮

インドから帰ったばかりなのに旦那君は中国に出張。
朝4時起きでYCATに送ってから
帰ってひと眠りしてから吾妻山に向かったのだ

快晴の日曜日。
クッキリと富士山も見えておりましたよぉ~

2~3年前に来た時はたった136mのこんな低い山でも
かなりキツく感じて登った記憶がある。
んが、1、252m大山の地獄の階段登山経験しちゃったから
え?これで終わり?と軽~く登っちゃったのだよ。
私はバージョンアップされていたのだった


吾妻山2

相模湾方面も綺麗に見渡すことが出来ました。

先日の大雪の日、ここは雨だったそうで
菜の花は傷まず無事に咲き誇っていたのでした。

今朝、起きたら喉がヒリヒリ痛くて行こうか迷ったけど
来て正解だった

で、軽いNikon1にしてD90は置いて来た。
ところが、ちょっと後悔する場面に遭遇。

それは・・・


吾妻山3
Nikon1 V1 VR30-110mm

トリミングしました。

菜の花の向こうで恥ずかしそうにしているお嬢様発見!
あぁ~いつものD90に300望遠を持っていれば・・・


吾妻山4
同じくトリミングしました

ジョウビタキのお嬢様をもっと可愛く撮ってあげられたのにぃ・・・
いやぁ~流石に地団駄踏んで踏んで穴開きそうだった

でも、意外と撮れるじゃんとも思っちゃったけどね。
110mm以上のレンズが欲しくなるなぁ~。


吾妻山1
これもトリミング

:ちょっと!私も入れてよ!


メジロさん、通りがかったオジ様に’ウグイス’と間違われてた
野鳥撮りも出来るから楽しいんだけど
D90も・・・となるとかなり重くなるんだよねぇ。。。


吾妻山6
OLYMPUS XZ-1

パノラマ撮影してみました。
桜の季節にもまた来てみたいですね~
って、以前にも同じこと言っていたと思うが・・・


多くの人達がゼイゼイ言いながらも登って来てました。
本当に眺めは最高で、お弁当広げている風景が和みます


おまけ!
吾妻山7
XZ-1 

ジオラマで二宮駅を撮ってみました。
丁度東海道線が来てましたね。


空気が澄んでいて遠~くまで見渡せる日本って素晴らしい!!
富士山が拝められるって素晴らしい!!



もう1つおまけ!!
どんど焼き
Nikon1 VR10-30mm

近所の海の公園で土曜日行われた’どんど焼き’
バックは八景島。
火を入れた途端に降りかかる燃えカスが凄かった



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アグラへの道8 アグラ城その2  

城2
Nikon1 V1 VR10-30mm アグラinインド

ジャハンギール宮殿の続き。
アクバル帝が息子のために造ったといわれる そうです。

↑赤砂岩と白いのが大理石なのですね。

そもそも何故イスラム様式があるのかという疑問が私の頭の中で
ずっとぼんやりしていたのですが・・・

アクバル大帝(1542~1605年):
ムガル帝国3代目皇帝。
初代バーブル皇帝(祖父)は中央アジア出身でティムールの血を引く。
ティムール帝国(1370~1507)は現イラク~ウズベク辺りまで。
バーブル帝がイスラム教徒だったと思われます、私見だけど。。
で、イスラームが入って来た と(多分)。
16世紀西は現イラン中心のサファヴィー朝とオスマン帝国。

イスラム国が隣り合わせだったんですね。
因みにヒンドゥーとジャイナ教はインド土着の宗教だった訳です


城1

ここは確か母や妻だったかな?が暮らしていた建物。
一瞬’木で出来ている?’と思ったほどの柱の飾り。

: その南北のホールは木造的な柱・梁構造からなり、
腕木には木彫的なレリーフ彫刻がほどこされ、
軒持ち送りの上には石の板庇 (いたびさし) が突き出るのである。

ネットからコピーさせてもらいました。
モロッコに行った時に見た宮殿を思い出しましたよ。
モロッコは木で造られていましたけどね、こういう柱は。


城3

木と見紛うほどの細工が素晴らしい


城4

外に出て振り返るとこんな建物に
広場中央の窪みはあそこに水を貯めて噴水にしたとか

水を利用するところはイスラム建築らしい。
建物の出入り口のカタチを見るとイーワーンになっており
ペルシャ様式になっています。
白くくぼんだ出入り口の所、分かるかな?


アクバル大帝はヒンドゥ・ジャイナの伝統的な建築と
イスラーム建築を融合し「アクバル式」とも言える
インド独特のイスラーム建築を生みだした・・・そうです


城5

窓から外界を覗いていると・・・

あぁ~ぼんやりと霧の中・・・
全てが幻なのか。。。。。
お妃さま達はここから何を見ていたのかしら・・・


インドの歴史って何だかよく理解出来ていないのですが
古代北の方はインダス文明に始まりバラモン教が出来て
ブッダが生まれガンダーラ美術が発展しヒンドゥー教が発展して
仏教は衰退していきイスラームが入ってきた・・って感じ?
複雑で頭の中が整理出来ていないんですけどぉ。。


まだアグラ城が続きます。
ここからがこの城の凄い所なのですよ~



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アグラへの道7 アグラ城その1  

城1
Nikon1 V1 VR10-30mm アグラinインド

2013年1月2日、凍えながら着いたアグラの街。
すっかり身体が冷えてしまいました
着いたのは確か11時頃だったと思います。


アグラ(Agra):
16世紀半ば、ムガル帝国第3代皇帝アクバルがここに首都を置き
以後1世紀足らずの隆盛だったが中心として栄えた。
1638年シャー・ジャハーンがデリーに都を移したが
アグラに残る史跡はムガル時代に建造されたもの。

だそうです。
ニューデリーから約200km南下した地方都市。
人口157万人。

↑アグラ城入り口ですが、ガスっております。
まだまだ霧の中なのであります


城2

アグラ城:
1565年から10年かけムガール帝国第3代皇帝アクバルによって
建てられた要塞。
高さ20mの城壁が2.5kmにわたり続いている。
その後4代皇帝シャハンギール・5代皇帝シャー・ジャハーンも
この城を拠点にしたのでそれぞれの皇帝によって造られた
建造物が残っている。


↑チケット購入した入り口門から見えたものですけど
どこもそうでしたが入り口のチェックは厳しいです
場所によってはボディチェックされ
男女別れて検査されました。
所持品はカメラ・携帯電話と貴重品のみです。
後は車に残しての見学となりますのでご注意を!


城3

とにかく重厚な造りでガッチリしている。
赤砂岩でここも出来ているそうです。

↑うっすらイスラム色が残っておりますね。
恐らくその昔、あの窪みには全部アラビック模様のタイルがあり
それはそれは美しく飾っていたのでしょうね~


城4

中まではちょっと坂道を歩きます。
ローマ時代の遺跡を沢山歩いて来た私が気になるのは
この’地面’と言うの?
足元の道が凄く気になるのですよ。

長い年月末、石畳の石が丸く削られていたり
輪だちが残っていたりしてそこで歴史を感ずるのだ


城5

さぁ~霧の中から見えて来ましたよぉ~。

ジャハンギール宮殿です。
赤砂岩に白大理石の象嵌細工を施した左右対象の建造物。
内部装飾はイスラームヒンドゥー様式の融合が見られる。

とガイドブックにある。
いきなりパァ~とひらけた所に出たので何だか壮観でした


城6

入る前にどーんとこんなものが・・・
ガイドブックにはジャハンギール帝が使った浴槽ー
とあるけど、現地ガイドはお母さんが使っていたと言っていたぞ。

どっちなのか分からないけど
それより何でこんな所に置いてあるの?って感じ。


続きはまた次回に・・・


の前に、気なるインドの性犯罪による問題を。。。
記事

これは現地新聞1月3日のものです。
先月12月29日、デリーの路線バスの中で
男の集団に拉致され暴行された上バスから捨てられた女性が
亡くなったことで怒りが爆発した市民達がデモしている様子。
ガイドの話だとその男達6人は酔った上での犯行だったとか。。
デモは私達が行っていた間でも起きていたらしく
インド門がある周辺には行けませんでした。

その後、酷いレイプは続いており
ここ2~3日日本のTVニュースでも報道され始めました。
’集団で襲う’と言うのが卑怯で信じられないね

女性蔑視が問題だそうですが、それ以前の問題だと思う。
男性達の意識の問題、国の問題色々考えられるけど
じゃ宗教って何なの?とも思ってしまう私なのです。。。
道徳ってさぁ~・・・?



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アグラへの道6 濃霧編  

霧2
OLYMPUS XZ-1 アグラ方面inインド

2013年1月2日、この旅のメインの場所へ早朝向かう。
何故インドに行こうと思ったのか・・・

それは・・・タージ・マハルをこの目で見てみたい!

その為だけに計画したのだった
この日はH☆Sの日帰りツアーに日本から申し込んでいた。
参加者は私達含めて日本人5人。
全員タージ・マハル目当てにインドに来た人達でした。
この為にその日の夜中に着いた青森から参加した男性も居たわよ。

全員楽しみにしていたのに、走り出した車から見える景色は
もっ凄い濃霧でな~んにも見えない
しかも、超寒いときたっ!
車には暖房付いていなくて全員凍えながらのツアー

↑途中トイレ休憩で寄ったドライブインから見た入り口。
ドライバーも大変だったんだけど
こ・こんなんであの大理石真っ白タージ・マハルの姿は
拝められるのだろうか・・・


霧1
Nikon1 V1 VR10-30mm(下も)

アグラに着く手前で何やら見学。

↑確かムガル帝国7代皇帝アウラングゼーブ帝の廟だったような・・
RAW現像してもこ~んなに霞んで見えないッス

アウラングゼーブ帝(在位1658~1707)は
熱心なスンナ派イスラム信者でヒンドゥー寺院をモスクの建て替えたとか。

どうりでこの廟もイスラムの香りが・・・
赤砂岩で出来ていて上の部分は大理石だそうだが
全く見えないんですけどぉ。。。。


霧3

ほら、立派なイスラム模様が見られます。
ちょっとウズベキスタンで見たモスクや廟に建物の感じが似ている。
ただ、’赤砂岩’といのがこちらの特徴のようです。

せっかく来たのに全体が見られなくて残念です
中には入らず直ぐに車に戻ります。


霧4

段々アグラの街に近付いて来ました。
信号待ちの時だけど、バイクの多い事!
しかも排ガスで煙っているじゃんか
よく皆平気でいられるよねぇ。。。

中にはバンダナらしき物で鼻と口を覆っている人も見かけた。
問題なんじゃね?


ところで、この日の寒さは尋常じゃなかったようです。
証拠に・・・

霧5

次の日の現地の新聞。
この44年で一番寒かった ってことでしょ?


【ニューデリー=田原徳容】インド北部は昨年末から1月初旬にかけ、強い寒波に見舞われ、
路上生活者らを中心に少なくとも107人が死亡した。

 多くが凍死とみられる。
国土の大半が熱帯気候の隣国バングラデシュでも10日、
1971年の同国独立後の最低気温となる3度を記録するなど冷え込みが強まり、
80人が死亡した。

 インド政府などによると、近年、冬期間に激しい大気汚染のせいなどで濃霧がひどく、
気温が上がらない傾向があるという。
首都ニューデリーでは今月2日に最低気温が平年より3度低い4・8度、
最高気温も10度低い9・8度となり、過去44年間で最も気温が上がらなかった。
(@niftyニュースから抜粋しました)


だそうです。
現地ガイドによるとその1月2日のアグラは0℃だったそうです。
寒いハズだわ、空気が汚いハズだわ


さ、次はいよいよお目当ての・・・かな???



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鎌倉de初くるくる~と蝋梅  

鎌倉1
Nikon1 V1 VR10-30mm 鎌倉・明月院

ちょっとブレイクタイム

毎年恒例、鎌倉の’明月院’にマンサクとロウバイを撮りに行った。
花なんてすごーく久しぶりに撮ったわよ

↑明月院には竹林があるのですが
この青々とした葉が何だか不思議で新鮮でした。
いつもはカメラマンが2~3人なんだけど
今日は結構人が訪れておりました。


さて、今年お初のくるくる~~~~
鎌倉2
NikonD90 SIGMA70-30mmMacro(以下も)

いやぁ~こちらも久しぶりのNikonD90!
やっぱさファインダー覗いて構えてじっくり撮るってのは
’撮っている’という感覚を呼び覚ますね

ま、久々だったのでイマイチの出来具合だけどね。
どっちにちマンサクは難しいのよ~。
未だに納得出来るの撮ったこと無いもん。。


鎌倉4

この’くるくる~’を思うように撮れる角度がまた難しい
毎回’タム90にすれば良かったかな’と思うんだけど
木だから花が遠いんだなぁ~。。。

でも、くるくる~が飛び出して’さぁ今年も頑張るぞっ!’って気が
見ているとしてくるのが 好き


それにマンサクだけでなく・・・
鎌倉5

蝋梅も撮るからレンズ的には望遠マクロの方が私は良い。

でも、明月院の蝋梅はまだ蕾が多いのと
何だか今までより撮り難いと感じたのは何故なのだろう?

ので↑は外出て他人様の軒先に咲いているのを撮った
よっぽどその方が撮り易いし沢山咲いておりました。


鎌倉6

蝋梅はほんのり甘~い香りがするんです。
それがまた良いのね。
この透明感も好きだし・・・

でも、全体的にちょっと遅れて咲いている気がしました。
寒いからかしら・・・?


おまけ!
鎌倉3

毎回この角度からこのお地蔵様を撮るんだけど
今年はマフラーがバージョンアップされていたわよ

北鎌倉に明月院はありますが
鎌倉まで歩くのは今回は止めた。
だって凄い人なんだもの・・・
初詣の人達でまだ鎌倉は賑わっているのでした

日本は良いね~。
花を愛でてさ静かだしさ電車は時間通りに走っているし・・・



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デリーへの道5 ジャイナ教にヒンドゥー教寺院編  

寺院1
Nikon1 V1 VR10-30mm デリーinインド

最初に乗ったオートリキシャのお兄さんに3回も乗った。
あれこれ説明してくれるんだもん英語だけど。。
走りながらこんな所に連れて行かれた

↑地図見ると「Jain Mandir」というジャイナ教寺院のようです。
中心地コンノート・プレイスからも近い位置でしたね。
ってその時は分からなかったけど
(すでにガスっていて霞んで見える)


ジャイナ教:
 みなさんは、ジャイナ教という宗教を御存知でしょうか? ジャイナ教というのは六師外道のひとりニガンタ・ナータプッタを事実上の開祖とする宗教です。「生き物を傷付けてはいけない」という教え(=不殺生)を厳格に守ることで有名で、信者はみんな菜食主義を徹底しています。また、インド独立運動で活躍したマハトマ・ガンジーの非暴力運動(原語は不殺生と同じく「アヒンサー」)に大きな影響を与えたことでもよく知られています。

と、ネットからコピーさせて頂きました。
インド発祥の宗教の1つですね。
初めてお目にかかったのですが、随分と派手な寺院ですね~。
不殺生を守るのでIT関連の職業の人達も多いとか・・・


寺院5
OLYMPUS XZ-1  

こちらは泊ったホテル近くにあるカーリー寺院(マンディル)
破壊の女神カーリーを祀ったヒンドゥー寺院だそうです。

カーリー
シヴァの妻でシヴァのパワーの源 らしい。
シヴァの上で生首持って踊るんだってさ、おっかないじゃん

↑しかし、こっちはかなりデコデコで違った意味で派手だわ。
真ん中がゾウだから最初はガネーシャかと思ったわよ。

因みにガネーシャは:学問・芸能・商売繁盛の神様


寺院4

寺院の横では女性達が何かを買い求めていました。
手前はお供え物かな?

何かね女性が多い感じを受けたんだけど・・・
破壊の女神だから???


寺院3

その横ではこんなのも売っていた。
何でしょうね~?

金色のふさふさ着いた布?は何に使うのでしょうか・・・。
とにかくド派手で目がクラクラしちゃう


寺院2

ここでも恐らく無料で食べ物が振舞われており
長い列を作っておりました。

この容器ね、何かの葉で作られているっぽかったのよ。
で、食べ終わったらそのまま道端に捨てていた

あのさ、誰がそれを掃除する訳?
その後違う所でもこの容器が散乱している風景に出逢った。
葉っぱだから良いってもんじゃ無いでしょう!

デリーの街中には色んなものが落ちていて
しっかり見ながら歩かないと
知らずに色々踏んずけて靴が悲惨なことに・・・


寺院6

道路が汚いという情報は得ていたので
捨てる靴を履いて行ったのですが
それが1日目でパカッと靴底が剥がれちゃって・・

結局両方壊れてガムテ貼りまくって対応しました。
で、そのまま日本に帰って来たのよね~、トホホ・・・


さ、次はいよいよこの旅のメインに入っていきます



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デリーへの道4 街中編  

街1
OLYMPUS XZ-1 デリーinインド

話は前後するけど空港での両替は100ドルからと言われたので
朝、ホテル近くの銀行へ両替に行ってみた。
けど、小さな銀行ばかりでどこも’両替はしない’だった

最初に行った銀行受付女性に舞い戻って
インド訛りの英語じゃ聞き取り難かったので
紙に両替出来る銀行を書いてもらいました。
そこから直ぐだったんだけど、日本の銀行や両替所とは訳違うね。
ドアだって中見えないし銃持ったオッちゃん立っているし・・・

1インド・ルピー=約1.6円


↑そこに行く途中で見たけた車。
これな~んだ???


答え   救急車!


街2

両替した途端に早速声かけて来たのが名物’オートリキシャ’。
これはタクシーより庶民の’足’でして利用価値は高いです。

早速街の中心地コンノート・プレイス’に向かってもらった。
途中で空港まで行く地下鉄が’動いていない’と教えてくれた。


注:空港までの地下鉄は不具合があり当分の間、運行中止だそうです。
  何時開通するかは未定だそうです(かなりかかるかも・・・)。


街3

デリー中心地である’コンノート・プレイス’に向かってもらったんだけど
1月1日なのでどこも’閉っているよ~’と
店を指さし兄ちゃんは言っていた。

何だかあちこち’工事中’でもあり、ん???

道路標識はこのように最後にアラビア語表示もありましたよ~


街4

街の’足’はオートリキシャばかりでなく
このような自転車の昔ながらの’キリシャ’も健在でした。

あれ?後ろのバイク、小さな子供乗せてない?
危険過ぎるっ

交通マナーは最低でしたよ。
鳴り止まないクラクションには流石にゲンナリするほど閉口した
制限速度って無い様子でした。
前の車が止まるとすかさずクラクション鳴らすし
車線なんてあって無いようなもので
車線変更する際に’方向指示器’なんて出す人ほとんどいなかった


街6

ホテル近いこの街は’ベンガル地区’だったと帰ってから分かったけど
やたらと人気のお店がありまして
それがどう見ても’スイーツ店’だったんですよ。

狭い店に押し寄せる人達・・・
何故か男が多い。
アラブ世界では普通のことなんだけど
インドでもそうなの???


街7

何だかこうして油で揚げたお菓子が人気のようで
こちらのお店では男達が列をなして出来上がるの待っていたよ。

こんなの口にしたらイチコロなので絶対に手を出しちゃダメっ!!
日本で言う’かりんとう’なのかなぁ~???


街8

こんなのも売っておりました。

甘いモノ好きはアラブ世界ではお馴染みだったんだけど
インドもそうみたいね

だって、ミルクティーって絶対甘いじゃん!
カレーは辛いし、これで補っているのか???


まだ未知なる世界は続くのだ


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デリーへの道3 ベンガルSahibGurudwaraその2  

寺院7
OLYMPUS XZ-1 デリーinインド

さて、寺院にちょっと怖いけど入ってみようかと試みた。
何しろインドに来て1日目だし、睡眠時間3時間だし
無謀なことはまだ出来ないのだよ

右の女性が黄色いバンダナ物色しておりますが
寺院に入るこの入り口ではやたらとバンダナらしく物が
あちこちで売られている。

欧米系の集団がお揃いの黄色のバンダナ巻いて入っていった。
多分ね、た・ぶ・んだけどターバンの代わりなんじゃないかと・・・
現地人達もバンダナ代用していたもん


寺院9

子供達も来ているから、こんなものも売っていた。
ポップコーンかな?ピンクのは何だろう???
日本で言う’綿がし’何だろうか・・・
そんなもん向こうでもあるのかしら?

でも、何かお祭り気分になりますね


寺院10

オジサンはこんな有難そうな?歴代のシーク教徒のお偉い坊さんなのか?
ちょいと派手なカレンダーを売っておりました。

何か、これ今っすか?って感じで
時代がかった風に見えるんだけど
これが普通なんだろうか・・・?


寺院5

脇見もしながら前へ進むと、前には人の壁が・・・
スリに気を付けながら入っていくんだけど
前の方ではやはり靴を脱いでいる場所があってさ
見ると靴履いている人とごちゃ混ぜで

:こりゃ危険!破傷風になっちゃ~う

と旦那君が言うので、中に入るのは断念した。


寺院12

引き返して入り口の横を見ると
恐らく無料でお水を配っておりました。
もち、こんなの飲んだらイチコロなので絶対にダメ!!
コップは洗っておらず、そのまま使いまわしておったぞ

↑ほら、この人達も黄色のバンダナみたいなの巻いているでしょ?
だからターバンの代わりかと思ったんですな。。


寺院13

屋台では何だか分からないけど皆さん買って食べてたよ。
サモサとも違ったなぁ~。


寺院8

オバチャンは子供向けのおもちゃの’太鼓’を売っていた。
これは万国共通なんだろうか?

なかなか面白い初詣でしたよ
ま、私は喪中だし異教徒だし関係ないけどさっ。


さ、次は何にしょうかな・・・
どんどん1日目をお伝えしていきますからね~



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デリーへの道2 ベンガルSahibGuruwara編その1  

寺院14
OLYMPUS XZ-1 デリー

泊ったホテルはデリー中心地より1km離れたベンガル地区にある
’Metropolitan Hotel’ですが
現地の人には通じず’ホテル ニッコウ’の方が分かるようでした。
以前は日系だったんですね。

↑ホテルの部屋からは毎日こんなぼんやりした風景が・・・
最初は曇りかと思ったのですが
飛行機から見下ろすと下界の光がぼんやりとしか見えなかったんですよ。
’Fog’と現地人は言うけど
あの燻製焦がしたような臭さ、鼻の中が真っ黒になる空気・・・
息苦しさは日本人としては’光化学スモッグ’にしか思えない


寺院2

さて、1月1日午前2時過ぎにホテルに入る直前に
人が賑わう場所があったので、朝歩いて散策して来ました。
朝3時過ぎまで賑わう音が部屋にまで届いておりましたよ
だって、新年だものね~’HappyNewYear’と
ホテルに入る時にもお互いに言い合ったわよ。


寺院1

最初はここがカーリー寺院かと思ったけど地図で見ると
Beangla Sahib Gurudwaraとあります。
シーク教の寺院のようです。

ググると、何となくここのお水で病気を治したっぽいです。
ガイドブックに載っていないので詳しいことは分かりません


寺院3

改築中らしく門の一部に新しい白いのが見えます。
これね、恐らく大理石に象嵌したものを施しているんだと思う。
次の日、アグラに行ったんだけどそこでこういうのが沢山見られたもの。


寺院4

ここに入るには靴を脱いで’裸足’にならないとイケないようでした。
まず、もうここで脱いでいる人も沢山いました。
下に降りると混んでいたからね~


寺院8

寺院に入る前に靴を預ける所がありました。
こんなに沢山の人が預けて、どうやって自分の靴だと示すのか?
でも、ちゃんと返していたから何か目印があるのかもしれない。

上で脱いだ人達は家族の誰かが見張っておりましたね。
大抵はお父さんの役目っぽかった

それにしてもずっごい人・人・人・・・
新年のお参りなんでしょうね~。


寺院11

あちこちでご馳走が振舞われておりました。
多分’無料’なんだと思います。
どこも列をなしていました。
で、何となく’カレー’って感じでしたよ、色が黄色だもん


寺院5

こうした’花屋’?が出ており皆さん買ってました。
お供えするんでしょうね、きっと。


ここ、まだ続きます。


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デリーへの道 空港編1  

空港1
Nikon1 V1 VR10-30mm

無事にインド・デリーから帰って参りました
喪中なので新年のご挨拶は抜きでゴメンなさいね~。

↑は出発時の成田空港から(大晦日)。
この飛行機じゃなく私達はANA・NH0917便でデリーへ向かいました。
デリーには夜中の0時20分着という真夜中便は初めて。
出発が遅れたから結局1時にデリー到着。
夜中なので危険過ぎるからホテルまで送迎車をチャーターしました。
真夜中の1時台なのに道路はもの凄い渋滞で驚いた。


いやぁ~しかしこんなに神経使った旅は初めてでしたよ
色んな話はたっぷりこれからしますので
まずはとにかく、いきなり帰りの話からしていい?
帰国便もANAだったんですけど夜中1時20分発という
とにかく行きも帰りも過酷なフライトだったんす。
しかも、しかもナ・ナント帰りが超大変だったのよっ


それが・・・
空港4
XZ-1

飛行機内から撮ったものですけど
ものすっごい霧が発生していて全便待機状態。
これ夜中の3時頃ですよ。
出発の搭乗自体が遅れて2時に機内に入ったのですが
一向に出る気配が無い。

デリーって毎日霧の中だったんですよね、実は。
到着した時から霧だったんだけど
霧というより光化学スモッグか?と思うような臭さ
燻製が焦げたような臭いが強く、マスクなんて役に立たなかったわよ。
それでも、この霧の深さは凄かったね。

で、結局離陸したのは朝5時・・・
機内に3時間閉じ込められたのでした
ヘロヘロです、マジで。。。


空港3

インディラ・ガンディー国際空港ターミナル3の出国のロビー。
広いです。でも、喫茶店は1つだけ。
あとは軽いスナック類のお店だけ。インド・ルピーのみです。


空港7

中に入ると食事が出来るFoodコートが2階にあるのですが
ここもインドルピー払いです。
残ったインドルピーはここか下のお土産屋で使いきっちゃいましょう。

インドビールは’キングフィッシャー’という銘柄のみですが
ここでは3種類が置いてありましたよ。
ブルー色の瓶が一番味が濃くて、昔(23年位前)の味に近かったです。
他はどれも薄味な感じで、変わったなぁ~と思ったよ

空港6

トイレはこのように男女の写真で分かるようになっていました。
中は綺麗ですけど、トイレットペーパーは流せません。
使用済みの紙はゴミ箱の中に捨てるようになっています・

ここは無料ですけど、街中のトイレは10ルピー払うようになっています。
観光客が行くような所は大抵トイレはありました。
全部水洗トイレでした。
だから、常に10ルピー札は持っていた方が良いです


空港5

これはもう搭乗手続きして中に入り11番ゲートに向かう時。
こんなお祈りする場所が設けられているのですね~。
どの宗教でも良いのかしら???


こんな感じで、帰りから始めましたけど
濃厚な3日間の滞在見学でした。
色々見て来たので、たっぷりと時間かけてお伝えしていきます。

いやぁ~、とにかくお腹が無事で何よりでした~


今年もどうぞよろしくお願いします


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