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お気楽なポタポタ

楽しいと思えることはシアワセ。写真と共にお届けします。

アグラへの道8 アグラ城その2

城2
Nikon1 V1 VR10-30mm アグラinインド

ジャハンギール宮殿の続き。
アクバル帝が息子のために造ったといわれる そうです。

↑赤砂岩と白いのが大理石なのですね。

そもそも何故イスラム様式があるのかという疑問が私の頭の中で
ずっとぼんやりしていたのですが・・・

アクバル大帝(1542~1605年):
ムガル帝国3代目皇帝。
初代バーブル皇帝(祖父)は中央アジア出身でティムールの血を引く。
ティムール帝国(1370~1507)は現イラク~ウズベク辺りまで。
バーブル帝がイスラム教徒だったと思われます、私見だけど。。
で、イスラームが入って来た と(多分)。
16世紀西は現イラン中心のサファヴィー朝とオスマン帝国。

イスラム国が隣り合わせだったんですね。
因みにヒンドゥーとジャイナ教はインド土着の宗教だった訳です


城1

ここは確か母や妻だったかな?が暮らしていた建物。
一瞬’木で出来ている?’と思ったほどの柱の飾り。

: その南北のホールは木造的な柱・梁構造からなり、
腕木には木彫的なレリーフ彫刻がほどこされ、
軒持ち送りの上には石の板庇 (いたびさし) が突き出るのである。

ネットからコピーさせてもらいました。
モロッコに行った時に見た宮殿を思い出しましたよ。
モロッコは木で造られていましたけどね、こういう柱は。


城3

木と見紛うほどの細工が素晴らしい


城4

外に出て振り返るとこんな建物に
広場中央の窪みはあそこに水を貯めて噴水にしたとか

水を利用するところはイスラム建築らしい。
建物の出入り口のカタチを見るとイーワーンになっており
ペルシャ様式になっています。
白くくぼんだ出入り口の所、分かるかな?


アクバル大帝はヒンドゥ・ジャイナの伝統的な建築と
イスラーム建築を融合し「アクバル式」とも言える
インド独特のイスラーム建築を生みだした・・・そうです


城5

窓から外界を覗いていると・・・

あぁ~ぼんやりと霧の中・・・
全てが幻なのか。。。。。
お妃さま達はここから何を見ていたのかしら・・・


インドの歴史って何だかよく理解出来ていないのですが
古代北の方はインダス文明に始まりバラモン教が出来て
ブッダが生まれガンダーラ美術が発展しヒンドゥー教が発展して
仏教は衰退していきイスラームが入ってきた・・って感じ?
複雑で頭の中が整理出来ていないんですけどぉ。。


まだアグラ城が続きます。
ここからがこの城の凄い所なのですよ~



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